小学5年生で気合いが入った私は、それからピアノ一筋になりました。

それでも田舎にいる間は100メートル走で県大会に出たり、6年生の時は島根大学附属中学校を受験するために、雪降る中、中学校受験者のための補習授業に参加し、夜遅くまで勉強をしていました。

附属中学校は友達がたくさんできてとても楽しい中学生活でしたが、2年生時にピアノの武者修行のため、家族で東京に出てきました。ちょうど兄の高校受験と重なりました。母は思いっきりのいい人で、こうと決めたら即実行に移す人でした。

つてを辿って杉並区の西荻窪に、ピアノが弾けるアパートを見つけ、田舎者の東京生活のスタートです。田舎の中学は制服がありましたが、杉並区立神明中学校は私服でよく、最初は戸惑いました。この学校は当時越境入学でクラスのほとんどが男子、女の子はたった7人しかクラスにいなくて、人生で一番もてた時期でした。都会の男の子は女の子に親切で、重い荷物を持っていると即、持ってくれたりしました。中学1.2年は私の学校生活で最も楽しかった時期です。附属中学校の友達とは今でもお付き合いが続いています。