前回、桐朋学園に入った対象的な二人の生徒を書きましたが、学校が合わなかった優秀な方の生徒は、大学を卒業した後に奨学金を得て、ヨーロッパに留学をしました。

コンクールとは関係ない道をたどった彼女は、新しい自分のピアノスタイルを生み出し、帰国して徐々に名を知られるようになり、今は国内外の演奏を含め、大学でも教え講演もこなし、この世界では名の知れたピアニストになりました。

40歳を過ぎてようやく陽の目を見たという所でしょうか?

やはり諦めずに一つの事を突き詰めれば、その人に見合った成果を見ることができるということです。

私の周りを見渡しても、子育てに一段落してから新しいことを始め、活躍している人が多くいます。若い時に華やかに過して散るのも一つの生き方ですが、子育て期間はグッと我慢をし、子育てという大きな仕事を終えてから、その後の長い人生をどのように生きるかと考えても、決して遅くはない。

周りの桐朋のピアノ科を卒業した同期のその後の人生は、本当に様々です。桐朋に限らず、他の音楽学校を出た友人も多くいますが、やはり一つのことを幼少期よりやり続けた人は、強い精神力を持っています。例えピアニストとして名を成していなくとも、それぞれの場所でしっかりと根を下ろし、強く生きているのは確かです。