「羽生結弦」。世界が誇るスケーターが日本人であることを誇りに思います。

これぞ神であると言う記事を読みましたが、音楽家の私には一つの芸術作品と映るのです。

音楽のメッセージをフィギュアスケートで表わす。男子では高橋大輔選手も同じように表現できる選手ですが、羽生選手の場合はより多くの関心が寄せられる結果、芸術作品が完成するまでの過程も時として露になっていきます。そこには強さと共に激しさが共存し、彼には不可能はない!と思わせてくれる何かを持ち合わせています。その彼の生きる姿勢は私達の心に深く刻まれ、挫折と共に蘇る姿を自分と重ね合わせ、かくありたいと思うのです。

このように人々を魅了し、羽生選手のようになりたいと多くの人に希望を与える彼のスケートは、彼の内面と共に芸術作品として心に刻まれます。

昨日共に戦ったネイサン・チェンも尊敬に値するスケーターですが、今振り返っても、フリーの演技に五〇点近くも差があったのは本当だったのかと思うのです。ネイサンの演技は完璧で、文句のつけようのないものであったのは分かりますが、ジャンプを飛んでいる姿しか思い出せないのです。完璧過ぎる人というのは、魅力を感じないのと同じなのかもしれなせんが・・・

ショートの失敗を取り返すために、練習を積み重ねていたジャンプ構成を変え、ぶっつけ本番で臨む強さは、観衆に演奏を聴かせるクラシックの音楽家からは想像もつかない精神性です。

そういうことを自分の高みを目指すためにやってのける若者に、陰ながら応援せずにはいられないのです。