ショパンコンクールのプレ予選を聴いて、いやそれを聴くまでもないですが、凄い勢いでスピード化されていくテクニック。

それはそれで一つの技術で凄いなあと感心する一方で、それが前面に出て最も人を魅了する演奏になるのは恐ろしいことではないか?

特に日本人も含めたアジア系のピアニストに顕著にみられる気がします。これって、単にピアノが弾けちゃうだけで、真の音楽を感じられないと思うのは、私だけではないのでは?

楽器の本来の音を鳴り響かせそして作曲家の深い意図を理解して演奏する。こういった真摯な音楽家がコンクールで落ちていくのを見ると、コンクールそのものの意味や価値が問われてきます、

しかしチャイコフスキー・エリザベート・ショパンの三大コンクールの優勝者や三位まではいった人は、暫くの演奏家としての活動は保証されます。

現に今回エリザベートで3位4位に入賞した人は凄い勢いでコンサートの依頼が入り、しかもチケットは完売のようです。

私も生で聴くとどんな演奏になるか、三つのコンサートのチケットを予約しましたが、東京公演の一つは既に三席しか空いてなく、やっと予約ができた次第です。

最近の演奏者の、指も含めた身体能力の凄さには脱帽で、幼少期からピティナで鍛えられ、きっと何の苦労もなく動いている感じがします。その上すこぶる頭と耳が良く、全てが揃った人であることは間違いありませんが、それだけにスピード化された指先の動きのみに感動してもらうのではなく、最も大切な音楽そのもので人を感動させるピアニストを、聴く側も育てていく必要があると感じています。