小さなコンクールなども含めると、今やコンクールだらけの世の中に驚きます。

私自身コンクールに全く興味がなかったので、生徒に受けさせなかったのは良かったのかどうか?自問自答しています。

とても優秀な生徒が何人かいて、桐朋学園・国立・東京音大・日大芸術学部等に入っていきましたが、この中で特に高校から桐朋学園に行った生徒たちは優秀でした。

その子たちにコンクールを受けさせていたら、もっと上手くなったか或いはリタイアしたか分かりませんが、少なくとも桐朋でコンクールに挑戦しようと思ったのではないか?

一人の生徒は、「なぜコンクールを受けないの?」と桐朋時代の先生から言われるほどの腕前でしたので、勿体なかったかなと思っています。

ただそれは先生サイドからの考えで、生徒はまた違った考えと生き方を持っていたのかもしれません。彼女は暫く桐朋の音楽教室で教えたのち、家庭を持ち立派に子育てをしています。

コンクールに駆り立てられるものは何か?最初はやはり先生の勧めからだと思います。

ある人が、ピティナのおかげで先生業が成り立っていると言っていました。

確かに!コンクールを受けるということは、それだけレッスンに通うということですから、一理ある!

されどコンクールに挑戦し、そこでいい成績を収められなかったらどうなるのでしょう?人によっては自分はダメな人間で下手糞だと思い込み、前に進めなくなるかもしれません。

「受けるだけで意味がある!」もそれはそれで真理ですが、上位を狙っている人にとっては意味すらなさなくなります。しかもその時だけ咲いたお花になっている人もたくさんいます。受けるほうも受けさせるほうも、一定の覚悟が必要のように思います。

聴く側にとっては、ショパンコンクール・ヴァンクライバーンコンクールのような超レベルの高いコンクールは、それだけで楽しいですね!

ただ結果となればどのコンクールも個人の主観・思惑・政治などが絡み、決して公平とは言い難いですが、圧倒的な才能には優勝が必ず付くのも事実です。その他のコンテスタントから、未来の偉大なピアニストが生まれるかもしれないワクワク感で、コンクールを楽しみたいです。